不思議と、それよりもリナとおままごとをしていた時に彼女が言った言葉の方が鮮明に思い出せる。
『玲ちゃんは、幸せだね!』
幼さゆえの純粋さと無邪気さは、時に鋭利な刃物になる。
それを無知だったという言葉だけで片付けるには、余りにも時間がかかりすぎた。
『幸せだね…』。
「そうだったんだね。」本当は冷え切っていた両親が子供には見せないように精一杯気を遣って、普通の暖かい幸せな家族の虚像を作ってくれていた。それが幸せだったのだと思う。
玲子が結婚してすぐに、玲子の両親は熟年というには少し早い離婚を成立させた。
娘が立派に成人して、相手方の恥にならないように結婚をするまでは夫婦でいる事を貫いた結果だと後に知らされた。
母は玲子が育った家を財産分与で貰い受け、悠々自適に趣味の延長で刺繍のセミナーを自宅で開催し、個展を開いて第二の人生を満喫しているようだ。
―良い妻、良い母親からの卒業よ!―
そう言われた時、玲子は酷く裏切られた気分になった。
父親は、随分前から既に別宅があり、そっちの家族と合流しているらしい。
優しい両親に愛されて欲しい物は買い与えられ、習い事をして受験戦争などの負担を減らすために幼稚園から私学に通わせてもらい、本当の意味で何の不自由もない生活は、まさに玲子だけが信じていた虚像でしかなかったのだ。
でも、自分は違う。
自分の作る家庭はそんな風にはしない。
そう思っていたのに、仕事だと理由をつけて帰宅が遅い夫に腹を立てては口論となった。
休日は接待だとゴルフに行き、娘の奈緒にはお土産を買って帰ることもあったが、妻の玲子には何もない。
挙げ句、口を開ければ『疲れているんだ、後にしろ!』。
接待だと家に仕事関連の人を呼べば、召使のように顎で使われた。
玲子の憧れた『お嫁さんになりたい!』という瞬間のゴールテープが切れたと同時に、今までの玲子の価値観すべてが崩壊したようだった。
同じ年なのに、どこか玲子よりも大人びた所があったリナが、今の玲子を見たらどう思うのだろうか?
最近はつい、そんな事を考えてしまう。