錦にある花屋「ラナンキュラス」の常連だったシングルマザーのリナ。 「ラナンキュラス」閉店後、くじけそうになって立ち上がる彼女の生きる姿勢を書く。 錦の花屋「ラナンキュラス」の話はコチラ▶錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.1 ~錦三丁目を舞台に、人々が小さな花を咲かせる~ |
リナという名は、唯一友人だと思っていた彼女の名前。
幸せが当たり前だった日々のゴールテープの先は、当たり前だと思っていた世界の崩壊。
花を飾らなくなった花瓶を見つめて、錦の女は大切なあなたを想う。
窓際に置かれた何も飾られていない花瓶が物悲しい。
2歳になる長男の裕也の夜泣きをあやしているうちに、いつの間にか初春の朝を迎えていた。
『部屋に花を飾ってください!』
あの約束からまだ半年しか経っていないのに、花瓶だけが置物のように放置されている。
「どこか、良い花屋見つけないと…」
昼はレジのパートをして、夜はラウンジでホステスをしている。
ラウンジでは『リナ』と名乗る、中村玲子は自分を信じ切って眠る息子を見つめた。
『リナ』
玲子の幼馴染で友人の名前だ。
友達付き合いが幼い頃から苦手だった玲子の、唯一の友人と呼べる相手でもあった。
それなりに裕福な家庭だった玲子は、幼稚園から高校までエスレーターで上がれる私学に通っていて、近所に住んでいたリナは市立の学校に通っていたため、常に一緒だったわけではない。
しかし幼い頃から近所に住んでいたこともあり、いつも一人で遊んでいた玲子に声を掛けてくれたのは、リナだけだった。
『玲ちゃんの将来の夢はなに?』
おままごとを二人でしている時にリナから訪ねられ、玲子はなんの躊躇もなく『お嫁さん!』と答えた。
女の子は優しい旦那さんを見つけて結婚して子供を作って、いいお母さんになるのが幸せなのだと…幼心に信じ切っていた。
あの頃、玲子の知っている世界は己が身を置く環境だけだったから。
それが『普通』であり、女に生まれた幸せだと何の疑いもなく信じられた頃が懐かしい。
短大を卒業する前に将来の旦那さんを見つけようと、友人が開くコンパによく顔を出していたが、同年代の男性ではなく玲子のターゲットはあくまでも社会人だった。
『お嫁さんになる事が夢』
それは恐らくあの頃から変わらなかったのだろう。
10歳年上の弁護士事務所に席を置く元夫の梶と出会った時は、まさに目指していたゴールテープが目前だと歓喜した記憶はある。
娘の奈緒を身ごもって結婚したので13年前の事。
大人になってからの13年なんてあっという間なはずなのに、とても遠い過去のように思えてくる。