互いに身体を寄せ合うだけの沈黙の時が、こんなにも心地よいとは知らなかった。
先に口を開いたのは、昭人の方だった。
「風呂…行く?」
「うん。」
「立てる?」
優しい声の響き。どんな時も紳士的な男性。
でも、これは、莉子だけのモノにはならない男。
莉子は昭人の口元から、視線を逸らす。
「じゃあ、ちょっと待ってて。準備してくる。」
「…うん。」
暗がりの中で、昭人の影だけを見送る。
今が、きっと一番の至福の時。
その時だった、ベッドの下に置いたままのカバンの中で、バイブ音が鳴り響いている。
莉子は、身体をよじらせ手だけを伸ばす。
薄闇に光るスマホの明かり。
画面を見ると…
『小枝子』
の文字が飛び込んできた!
「え…。」
体中に沸き上がっていた熱が、急速に失われていく。震える手で、スマホを眺めたまま莉子は固まっていた。
『ジロウ』の妻の時に感じた、あの怒りではない。
焦り…憤り…そして、初めて感じる恐怖。
莉子は画面を見つめたまま動けなかった。
そして、ピタッと着信が止まり…少しほっとした直後に、LINE通知がくる。
開けなくても表示される、一文だった。
『アキトは美味かった?』
莉子はスマホを落とした。
頭が真っ白になるとは、こういう事なのだろう。