それ以来、加奈恵の意識の中に、『家事をしないと叱責される』という刷り込みが生まれてしまった。ようやく部屋の中がきちんとして、ふう、と加奈恵は息を吐いた。少しくらい休もうかしら。そうね、お茶でも淹れて――。
紅茶を淹れて、ソファに座る。何気なくチャンネルを付けると、昼の情報番組をやっていた。
『……だからですね、DV被害者は、意外と自覚が無い人もいるんですね』
テレビのテロップは、モラハラやDVなどの文字を出していた。
『DVというのは、殴る蹴るなどの身体的な暴力だけではなく……』
『暴言を吐いたり、友人などの人間関係の付き合いを制限したり……』
『避妊に協力しなかったり……』
呼ばれている専門家が、とうとうと語っているのを聞いて、いつの間にか加奈恵の目はテレビにくぎ付けになっていた。心臓が早鐘を打っていた。あれ……。ここに書いてあることや、今テレビで言っていることは、もしかしてうちの家庭に当て嵌まるんじゃ……?
加奈恵はそう思って、自分でぎょっとした。まさか。うちでDVなんて。ところが、そう思っていた加奈恵の考えは、その後に続く専門家の言葉で一蹴された。
『子どもにとって心地いい場所が家庭なのであって、それがおびやかされてしまっては……』
そうだ。これは私だけの問題じゃない。春樹にとって、この家や父親は、果たしていいものだろうか……?
***
散々迷ってから、加奈恵はテレビに出ていた弁護士の事務所に電話を掛けてみることにした。中区の丸の内近くにあるビルの3階にあるという事務所は、女性問題に詳しいらしい。
……もし、裕司にバレたら、どうしよう。
そう考えると震えそうになった。けれど、よく考えれば、配偶者のことでこんなに恐怖すること自体がおかしいのではないのだろうか。