『おはよう、賢人さん!今日も会社なんだよね、おつかれさま』
水希からのLINEが届く。
彼女は、今から賢人が会社なのだと思って、わざわざお疲れ様のメールを入れてくる。甲斐甲斐しいことだ、さすが秘書を務めているだけある。そこは、普通の男ならば大喜びする気遣いなのかもしれない。
はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~
だが残念ながら、賢人は普通の男ではなかった。
あいにく、こなしているのは水希の件だけではない。隙あらば水希から情報を得て、実業家のオギワラに近付きたいのはやまやまだった。しかし仕事は他にも並行して山ほど抱えているのである。
水希が期待しているようなきらびやかな若社長の仕事とは遠くかけ離れた、出版社での体を張って駆けまわる職務。それらをこなした後、たまに会社で寝泊まりしていた時、寝ぼけまなこで鳴るスマホを引っ張り出すと、最初に述べたような水希からのLINEが来ているのである。
非常に身勝手な話なのだが、賢人はイラっとした。
(おはよう、じゃないんだよ……。こっちは疲れてるんだ、今は放っておいてくれ)
そんな風に感じてしまう。
だが、さすがに自分でも、勝手が過ぎると思った。賢人はもちろん、マメな返信を欠かしはしないので、すぐに明るい顔を取り繕ってスマホを操作した。
『ありがとう!水希のおかげで元気出た。今日も仕事がんばってくるね』
可愛いキャラのスタンプも適当に送信しておく。
ちなみに、水希と呼び捨てにするようになったのはつい最近だ。メッセージを重ねているうちに、彼女の方からそう呼ぶようにと申し出てきた。
(なんか……。面倒くさいんだよなあ)
整髪料を付けた髪を掻きながら、賢人は少しばかり溜め息をついた。
最初の熱中具合はどこへやら。
釣った魚にエサはやらないとでも言おうか。
『そうだ!賢人さん、今度またデートしない?オアシス21で今日、会えたら嬉しいな』
水希からそんなメッセージが送られてきたのは、少し経ってからだ。ええ、ちょっと疲れてるんだけど……。なんて思ったのも束の間、そうだ、そろそろ話を聞き出せるかもしれない、と思い直し、少してから返信しておいた。
『いいよ。じゃあ待ち合わせは栄駅の改札で、19時に』