「鹿嶋さん。良かったら、もう少し別のところで飲みませんか」
「え?」
賢人はそう言うと、そっとテーブルの下で、彼女の手に触れた。水希の手は一瞬強張ったが、振りほどくことはなかった。
「……別のところ、ですか」
「はい」
賢人はまったく悪びれず、水樹の綺麗な目を正面から熱っぽく見つめた。
「もし、よかったら、ですが」
水希も、賢人の方を見つめてくる。
次の瞬間、彼女の手が少しだけ力を入れてきた。かすかに、賢人の手を握っている。
賢人は思わず笑い声を立てそうになった。あまりに上手くいきすぎだ。
「ええ……。是非」
***
タクシーに軽く揺られて、名古屋駅南口に着く。
降りると、隣を歩く水希はわずかに緊張している様子だった。
「……私、実を言うと、あんまりこういうところに来たことないんですよね」
立ち並ぶいかがわしい店を、目だけできょろきょろと警戒するように眺める彼女の姿が滑稽だった。
「そうだったんですか。大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
賢人はいかにも手慣れていたが、そんな賢人の傍に水希がぐっと寄って距離を詰めてくる。
賢人はそんな水希の肩を抱き寄せた。またも一瞬強張った彼女の体は、しかし抵抗するわけでもなくそのままそっと寄り添ってきた。
何も言わず、他のホテルから少し浮いている高級そうな建物を選んでそちらに歩を進めた。水希も何も言わなかったので異論はないはずだ。
さて、と。獲物をいただくとしようか。
賢人は内心でまたも苦笑する。
ごめんね、鹿嶋さん。代わりに、一緒にいる間はせいいっぱい夢を見せてあげるからさ――。
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一気に距離が近くなり、水希は賢人に篭絡(ろうらく)されてしまう。これで上手くいくと内心ほくそ笑む賢人だったが…。