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水曜日。
適当なところで仕事を切り上げた賢人は、身支度を整えて一軒のあるバーに向かった。
標的――水希が来ている時間であることを確認し、偶然を装って店に入る。
カウンターで一人、上品に飲んでいた水希がドアの方を向く。そして、賢人の顔を見てすぐに気付いたようだった。
「あれ?この間の……」
「ああ、こんばんは!偶然ですね」
当然嘘であるが、さも今彼女の存在に気付いたかのように大げさに驚くと、嫌味を感じさせない素振りで隣に座る。水希は一瞬だけ目を見開いたが、特にとがめられることはなかった。
「先日はありがとうございました。僕、結城賢人といいます」
「鹿嶋です」
水希が丁寧にも、軽く会釈をした。
すかさず賢人は、逃れられないように次の手を打つ。カウンターにいるマスターにさりげなく視線をやると、深みのある声でにこやかに注文した。
「マスター、マティーニを。それと、彼女にキング・アルフォンソをお願いします」
「え……。そんな。大丈夫です」
「いいんですよ。お好きですか?僕、意外と甘いカクテルが好きなので、オススメなんです」
水希がこういったカクテルを好んで飲むことは予測がついた。彼女が甘党だということは、事前調査で何となくわかっていたことであるし――。案の定、水希はそれ以上何も言わない。
さて――下ごしらえも、最後の段階だ。
そろそろ、獲物を美味しくいただいてしまう準備をしよう。
「ちゃんと自己紹介が済んでいませんでしたね。僕、この近くで事業を始めたところなのですが、まだ周辺に余り詳しくないもので。鹿嶋さん、良かったら色々と教えてくださいませんか?」
マスターからすっとカクテルを差し出された彼女は、少しだけ、賢人を値踏みするようにじっと見つめていた。
しかし……。
「……ええ。お話するくらいで、宜しければ」
ニコッと、水希が少しばかり紅潮した頬で笑みを浮かべる。
こちらを見つめる顔が赤いのは、恐らくアルコールのせいばかりではあるまい。
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二度目の出会いとなりやや警戒を解く水希に、事前に調べた彼女の好みなどからことごとく話を合わせる賢人。徐々に近しくなり、賢人は水希とホテルに向かう。