水希の警戒心がやや薄れたところを見て、賢人の目に愉悦の色が浮かぶ。
賢人は元々、顔立ちにも体格にも恵まれている。この見た目に難色を示す女性は、そこまで多くないことを体験上知っている。実際、水希も好感を抱いたようだ。
はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~
更に賢人は駄目押しをする。
「そうだ……。良かったら、お店を教えてもらえますか。この近くらしいんですけど」
「お店、ですか?」
水希は目を瞬(またた)いた。
「ええ。ちょうど向かうところだったんです。大学の同期と会うことになってて」
そこで、賢人は事前に調べていた店の名前を告げた。
「……ああ。それなら」
一瞬だけ間が下りた。水希は店の名前を聞いて、そこが一流であることを悟ったのだろう。
「すぐそこですよ。あそこ、見えますか?あの建物の5階です」
水希が振り返って賢人に店の位置を示す。
「分かりました、ありがとうございます」
にこっと、賢人は微笑んで礼を言う。
ここで好感触なら、もっと距離を詰めても良いと思っていたが……潮時かな。初対面にしては、かなり話せた方だろう。
水希の態度が硬化する前に、賢人はそろそろ引き下がることにした。
そう。獲物を捕らえるのは今じゃない。もっとじわじわと外堀を埋めた後だ。
賢人は、彼女に見えない位置でにやりと口元を歪ませた。
「あの、私、そろそろ……」
「あ、お引き止めしてしまいましたね。助かりました。では」
水希が言い出したので、賢人はあっさりここで撤退することにした。綺麗な笑みを見せ、軽く会釈して水希とは反対方向に歩き出した。
彼女の視線を背中に感じながら。