NOVEL

【最終回】二つの顔を持つ男 vol.10~二つの顔~

ホテルの一室で目を覚ました水希は、それでも幸せな気分でいた。

ふかふかのベッドは慣れた感触がした。最初はまどろんでいたが、そのうち、ここがどこかを思い出すと体をもぞもぞと起こした。

すぐ隣のベッドが目に入る。賢人の姿はなかった。

 


前回: 二つの顔を持つ男 vol.9~仲直りと別れ~

はじめから読む:二つの顔を持つ男 vol.1~もうひとつの仮面~

 

「……賢人さん?」

声を出して周りを見回す。どこにいるのだろうか。洗面所やトイレを見に行ったが、やはりその姿はない。

忙しい人であろう。だから、もしかして先に職場にでも行ってしまったのだろうか。

そうだ、と思いスマホを取り出す。連絡を入れる。

しかし、いつまで待っても既読はつかない。

 

結局そのまま、彼女の元に返事が来ることはなかった。

 

 ***

 

「ふあ~ぁ……」

賢人は大あくびをすると同時に、出版社の自分のデスクで大きく伸びをした。

 

 

「よ、お疲れさん、結城」

「はい……。ありがとうございます、草壁さん」

声を掛けてきた草壁に、まだ眠そうな顔をして振り返る。今回はずいぶんとこの先輩に助けてもらった。一応ぺこりと殊勝に頭を下げておくと、草壁はにやりと笑った。

「やっと仕上がったな。この記事、全部お前の手柄だぞ」

 

草壁はにやにや笑いながら、座っている賢人の頭を小突く。「あー、まあそうですね、ありがとうございます」なんて悪びれずに賢人は返したが、草壁はその物言いを気にすることもなく褒めてくれた。

「今日はもう疲れたろ。ちょっと外の空気でも吸って休んどけ」

草壁がそう言ってくれたので、賢人は「わかりました」と返事をして、慌ただしい部屋を後にした。

 

 ***

 

下まで降りて、自販機で缶コーヒーを買う。

プルトップを開けて、コーヒーを一気に流し込むと、荒れた胃が更に痛む感覚がした。

「あー……」

と、しかめっ面をすると同時に、不意に目の前を黒塗りの高級車が走り抜けていった。

まるで焦るように走る車。その後部座席で、耳にスマホを当てて慌ただしく電話対応に追われていたのは――。

 

「……水希」

ダークブラウンの綺麗な長い髪。ナチュラルメイクだがくっきりとした整った顔立ちで、ブランド物のスーツもいつも通りよく似合っている。一瞬だったがはっきりと見えた。

賢人は一瞬だけ目を奪われたが、すぐに踵を返した。

 

コーヒーの缶をゴミ箱の口めがけて放る。音を立てて、缶は上手く入った。

 

 ***

 

ふらふらしながら職場の階に戻ると、自分の書いた記事が次の号の目玉として載るぞ、と知らされた。

あれだけ苦労したんだ。そりゃそうだろ、と思っているところに、また草壁が近づいてくるのが見えた。

 

「結城、戻ったか」

「どうしたんですか?」

草壁は少しだけ頭を掻いた。「あのな、さっき、お前がいない間にまたスクープを掴めそうな情報が出たんだよ」

賢人は記者の性か、疲れも忘れて思わず前のめりになる。

「へえ……」

 

詳しく話を聞くと、地元を中心に活動している芸能関係の人間が……。とのことらしい。しかも、その詳しい情報を握っているのが……。

 

「若い女……ですか」

草壁に対し、賢人はにやりと笑ってみせた。

「その件、俺も当たってみますよ」