勢いで出てきてしまったけれど、ここはどこなんだろう?
私はスマートフォンで改めて地図を確認した。
前回:ルピナス―芽吹く街角で 第一章 vol.1~世間知らずの令嬢インフルエンサー、500万フォロワー女子の悩みとは?~
「覚王町」
自宅があるとなりの区の一角だった。
あてもなく歩く。
閑静な高級住宅が並んでいる見慣れた風景なのに不安が募った。
再びスマートフォンに光を灯しインスタを立ち上げた。
すると先程の配信の感想が並んでいる。他にコメントの管理人も雇っているのでネガティブな意見は瞬時に削除されている。
私を褒める、肯定する意見ばかりが並ぶ。
指先一つでページを閉じると、私はとある掲示板を開いた。
それは匿名で誰でも書き込める掲示板、賞賛する人々がいれば影も存在する。
私はインフルエンサーでフォロワー500万人いる女だが、同時にアンチユーザーも大勢いる女子大生だった。
「エセ金持ちマリカアンチ集まろうぜ」というスレには、数秒ごとに書き込みが生まれていく。
”あの女の自撮り見た?加工アプリ使いすぎ、ウケる”
”カラコン酷い色、あれ囲い褒めすぎじゃない?”
”親ガチャ成功したけど、中身はクズすぎ”
賞賛だけ見ていればいいのに、真っ黒で底が見えないアンチも見ずにはいられない。
”コイツってずっと男いないよね、モテねー令嬢”
何も知らないくせに、何も持っていないくせに、偉そうなことを言うな!
私はスマートフォンを美しく着飾った指で掴み思わず地面に投げつけようと手を振り上げた瞬間、何か視線を感じた。
目を上げると、目の前には暖色のランプがいくつも吊り下がった街角にひっそりと佇む店を見つけた。
ガラス張りのシンプルな店内、そして店先の床、壁を覆い尽くすのは色とりどりの花。
それは高級住宅街の中に、ひっそり佇む花屋。
緑と色で包まれた別世界。その中心に立ち尽くしてしたのはカーキ色のエプロンを身につけた栗色のふんわりとした髪の毛、丸メガネをしている細身の背の高い男性だった。
思わず手が止まる、彼の栗色の瞳が静かに私を射抜いている。
彼の手には、小さな桃色の花がいくつも連なって花束になっていた。
胸にあったさっきまでの混沌とした怒りや悲しみ、絶望がすーっと消えていく。人は美しいものを見ると圧倒されるのだと、私は体感していた。
まるで導かれる様に私は花屋に歩いて行った。