翌日の水曜日。
佐智子は集中したいからと6階の役員フロア内にある個人ブースに閉じこもっている。
社内にはブレストや社内外との折衝、企画書作成などの際に誰もが申請すれば使える小さな部屋が設置されている。パソコンはもちろん、直接外部に繋がる回線も用意されていて、5つあるブースはどれも予約で埋まっていることが多い。
「石井部長にお願いしたら金曜日まで使えることになりましたぁ」
水曜の朝一番にそう告げると佐智子は6階に上がって行ったのだった。
「何か手伝えそうなら言ってね」
ひとみが小声で佐智子に耳打ちすると佐智子は一瞬、瞳を見開いた。
「ありがとうございますぅ」
「野中さん、自分の仕事を片付けて。そっちは三村さんに任せておけば良いわ」
目ざとくそれを見かけた礼子が間髪入れずにそう告げる。佐智子はそれに答える代わりに、ひとみに笑顔を向けると書類を抱えて部屋を後にした。ひとみも何も言わず、パソコンに向かうとデータを打ち込み始める。
営業で不在がちな男性社員にその様子が伝わることはない。後に残された女性たちだけが妙な緊張感の中に取り残されていた。
水曜日、午後5時。
終業時刻になっても、佐智子は席に戻って来ない。いつもはきっちり定時にタイムカードを押す彼女にしては珍しいことだ。やはり200件近くの確認作業は簡単ではないのだろう。
それに引き換え、礼子は珍しく定時で退社した。
乃亜と百合子も礼子のすぐ後に片付けて席を離れていたから残っているのはひとみだけだった。
「あれ、今日はみんな早いね」
外回りを終えて社内に戻った男性社員が声を掛ける。
「はい、今日は皆、用事があるみたいで」
ひとみは無難に答えを返す。男性社員に内情を説明することはない。会社とはそういうものだ。