そう、この〝純粋″な咲きかけの花に言われたことだけで十分に〝幸せ″だった。
カスミソウの君は、儚い嘘をコリウスの鉢植えに語っていた。
それを引き受けた少女が、嘘を誠に塗り替えてしまった。
彼女から何通か手紙を貰っていた。そこには『一生かけて償いたい』と書いてあった。
佐伯から返信を出したことはない。
だが、その日の夜に、佐伯は一通の手紙を書いた。そして、カスミソウの押し花をしおりに貼って同封する事にした。
『二年間お疲れ様。君の貴重な時間を奪ってしまい、申し訳ないです。
でも、一生を無駄には使わないで欲しい。
お互いに、過去は過去として笑える日を迎えられる未来を、僕は願っています。
『幸福』を掴んで下さい。』
―佐伯明人 より―
〝アキラ″という、虚像に踊らされたのは彼女だけではい。佐伯も、世間も、彼女の両親も巻き込んだ事件となった。だからと言って、佐伯自身が全てを受け止め切れている訳でも。
でも、もう迷うこともない。
『殺したい程、愛している。』
それこそ、彼女自身が生み出した虚像でしかないのだから。
奈緒の母であるリナが言っていたように、その愛は、自分への愛でしかないのだ。愛を知らない男に寄せられた、一方通行の『愛』という名の妄執から、抜け出すことは出来た気がした。
それには、彼女と同じだけの刑期を要してしまった。
しかし、これもまた、スタートラインでしかない。
佐伯自身は、まだ、人を愛したことがないのだ。人の愛に触れ、それでもまだ辿り着くことのない、愛を…。
彼女から受け取った初めてのプレゼントは、ラナンキュラスの色とりどりの花束だった。ギリシャ神話に登場する高潔な青年の名で、魅力的な人柄を意味する。
この町に生き、この町に流され、それでもこの町に救われる。いつか、彼女が笑顔で訪れてくれる日を夢見て。
手を汚してもいいと思うほどに、執着してくれた…。
存在を認め、己に刻んでくれた、初めての相手へ。
しかし、そんな願いを許してくれる程、世間は優しくはない事を、佐伯は知らなかった…。
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彼女が笑顔で訪れてくれる日を夢見て、この町に生きようと、この町に流されようと、この町に救われようとしてきた佐伯。だが、一人の男が佐伯の元を訪れるのをきっかけに何かが変わっていく・・・