NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.8 ~佐伯の過去~

 

―被害者だから…―

 

そんな簡単な言葉で、片付けられることではない。この世の中に明確な白黒はなく、いつも薄汚れた灰色の結果しか生まない。

 

客とホストという危うい関係で出会い、彼女が錦三丁目にマンションを借りてくれた。

そこは、彼女にとっては愛の巣であり、後に犯行現場となり替わる

 

 

『何故、そんな地に居続けるのか?』

それは、仲井にも聞かれた。

 

事件が報道されてすぐに、ジャーナリストの仲井は佐伯に取材を申し込んだ。その時からの付き合いだ。

〝彼女や彼女の両親に対して、謝罪したい気持ちはないのか?″という質問ばかりを、マスコミから受けていたが、仲井だけは違った。

 

 

『彼女はお客さんだったのですか?それとも、恋人だと思っていたのですか?』

 

佐伯はその質問に、即答できなかった。客ではなかった。彼女と二人で過ごす時間だけは『アキラ』というスーツを全て脱ぎ捨てられたから。

でも、恋人だったのか?と問われると、解らない。彼女に対して、『愛してる』と伝えたのは、刺された恐怖から出た言葉だった。

 

それ以前に、彼女は他の女たちのように、言葉を要求してこなかった。

だから、言ってなかった。

言って欲しいとせがまれなくても、伝えたいと思うほどの感情を、あの当時の佐伯は持ち合わせて居なかっただろう。

 

だが、犯行前とその後では何かが違う。

 

親に捨てられ施設で育ち、18歳の時にこの町にやってきた。

此処で生き抜いてトップを取ってやる!それだけしか見えていなかった。

 

店を追われ、誹謗中傷を受けたとしても、失いたくない居場所が此処にあった。

それは、誰の為でもなく、己が為に。

 

彼女が求めてきた『永遠の愛』と、佐伯が抱いた『感謝』の気持ちが交差する日を迎える事はなかったとしても、それでも、この地を離れる事は出来なかった。

佐伯の両手を包み込んで泣いている奈緒を見て、佐伯は仲井から言われた言葉を思い出した。

 

『俺から言わせたら…、互いにガキだった!それだけな気がするけどな。ガキの悪戯や過ちも、行き過ぎたら大やけどするってもんだ。』

 

自分は親を恐れ、世間を恐れ、彼女からの想いに恐れ、ただ逃げ回っていた〝ガキ″のような精神から、脱却できていないのだろうか?

 

 

仲井のように、しょーこママのように、全てを消化できる日は来るのだろうか?

 

 

ただ、今は…。

『もう、謝らなくていい!』