―被害者だから…―
そんな簡単な言葉で、片付けられることではない。この世の中に明確な白黒はなく、いつも薄汚れた灰色の結果しか生まない。
客とホストという危うい関係で出会い、彼女が錦三丁目にマンションを借りてくれた。
そこは、彼女にとっては愛の巣であり、後に犯行現場となり替わる
『何故、そんな地に居続けるのか?』
それは、仲井にも聞かれた。
事件が報道されてすぐに、ジャーナリストの仲井は佐伯に取材を申し込んだ。その時からの付き合いだ。
〝彼女や彼女の両親に対して、謝罪したい気持ちはないのか?″という質問ばかりを、マスコミから受けていたが、仲井だけは違った。
『彼女はお客さんだったのですか?それとも、恋人だと思っていたのですか?』
佐伯はその質問に、即答できなかった。客ではなかった。彼女と二人で過ごす時間だけは『アキラ』というスーツを全て脱ぎ捨てられたから。
でも、恋人だったのか?と問われると、解らない。彼女に対して、『愛してる』と伝えたのは、刺された恐怖から出た言葉だった。
それ以前に、彼女は他の女たちのように、言葉を要求してこなかった。
だから、言ってなかった。
言って欲しいとせがまれなくても、伝えたいと思うほどの感情を、あの当時の佐伯は持ち合わせて居なかっただろう。
だが、犯行前とその後では何かが違う。
親に捨てられ施設で育ち、18歳の時にこの町にやってきた。
此処で生き抜いてトップを取ってやる!それだけしか見えていなかった。
店を追われ、誹謗中傷を受けたとしても、失いたくない居場所が此処にあった。
それは、誰の為でもなく、己が為に。
彼女が求めてきた『永遠の愛』と、佐伯が抱いた『感謝』の気持ちが交差する日を迎える事はなかったとしても、それでも、この地を離れる事は出来なかった。
佐伯の両手を包み込んで泣いている奈緒を見て、佐伯は仲井から言われた言葉を思い出した。
『俺から言わせたら…、互いにガキだった!それだけな気がするけどな。ガキの悪戯や過ちも、行き過ぎたら大やけどするってもんだ。』
自分は親を恐れ、世間を恐れ、彼女からの想いに恐れ、ただ逃げ回っていた〝ガキ″のような精神から、脱却できていないのだろうか?
仲井のように、しょーこママのように、全てを消化できる日は来るのだろうか?
ただ、今は…。
『もう、謝らなくていい!』