「この車両は自由席ではないと思うけど……」
ややぶっきらぼうにナルミは答えた。
「いや、僕の席は向こうなんだけどさ、通りがかったらあんまり脚が長くて綺麗だから気になっちゃって。スカートでも分かるくらい美脚ってすごいね。それにその靴エルメスでしょ。おれチェックしてたんだよね~、それ」
正直なところ、ナルミにとって見ず知らずの男に脚を褒められることは珍しくもなんともない。
だが、パッと見ただけで履いている靴がエルメスかどうかなど分かる男はそうそういない。
「詳しいんですね」
「まぁ詳しいっていうか、靴や服は好きだけど。でも、いいもの身に着けて似合う女性が一番好きかな」
口から生まれてきたかのような軽口に、ナルミは閉口した。
「お姉さん、モデルか何かしてるの? 顔もきれいだよね」
顔もきれい、と言う割に、男は無遠慮にナルミの脚をしげしげと見つめてくる。
「いえ、残念ながら」
ややうんざりしながら答えると、男は背もたれにどっかりともたれかかる。席を離れる気がないらしい。
「あの、仕事したいんで、いいですか?」
「いいよいいよ、おれのことは気にしないで」
それでも男はナルミの隣の席へ腰かけたまま、やはりまだナルミの脚から靴をしげしげと見つめている。
男の年齢はナルミと同じくらいか、それともやや若いくらい。
肌がやたらと綺麗だが、それよりも切れ長の目と、整形でもして整えているのかと思うほどの綺麗なラインの鼻筋を持っている。そして、何より声がいい。