あれからしばらく経ち、二人はいよいよ結婚する事となった。高級住宅街に新居を構え、幸せな新生活を始める。
はじめから読む:男の裏側 vol.1~地獄の始まりは天国~
親の反対を押し切った形になるし、友人たちとも結局疎遠になったままだった。特に親友の樹里と連絡を絶った状態でいるのは、環にとってつらいものだった。
結婚生活が落ち着いたら、こちらから連絡を取ろう……。大丈夫、少し経てば、きっと分かってくれる。環はそう信じていた。
密さんは優しい人なのだから、ちゃんと話せばみんなからの理解を得られるはず。
そう思っていたし、それが拠り所だった。
けれど、それは間違いなのではないか、と―― 唯一の希望さえも失われることになる。
***
「環、ねえ環!」
「ん、うぅ……。なに?密さん」
それは、結婚してまだひと月も経っていない時のこと。
朝起きると、環は体調を崩していた。喉が痛いし、ひどく頭が重い。風邪を引いたのかもしれない……。それでも、いつも通り2人分の朝食を作ろうとした。けれど途中で気分が悪くなり、結局すぐにベッドへと逆戻りしてしまった。
うんうんと唸りながら寝込んでいるところで、密の声にたたき起こされる。
「ちょっと……。環、朝食は!?出来てないじゃないか!何してるんだよ!」
いつもと違い、ずいぶんと怒った声色であることに具合が悪いながらも気づく。
「ごめんなさい、今日は何だか熱っぽくて……。悪いんだけど、冷凍のものとか温めて食べてくれるかな」
「勘弁してくれよ!朝から冷凍食品だなんて……。朝はちゃんとしたご飯じゃないと気持ちが悪くなるんだよ。熱っぽいだなんて体調管理がなってないんじゃないの?」
さすがに環もむっとする。が、その時は頭がよく回らなかった。
結局密はぶつぶつと文句を言いながら、支度して早々に家を出て行ってしまった。外で食べてくるとか言っていたのを覚えている。
また、ある時は掃除がきちんと出来ていないと言って怒り出したこともある。
「あのさ、環は僕より勤務時間も短いわけだよね。それなら家事をするのは当然だし、ましてや、それをちゃんとするのも当たり前でしょ?それにさ、この間から脱衣所に髪の毛たくさん落ちてるし……。環でしょ?僕と違って髪長いもんね。あんなのさぁ、いちいち綺麗にすべきじゃない?」
それ以外の時は、例えば洗濯物の干し方ひとつさえ注意されたりもする。
「ハンガー曲がってたから直しておいた。環は僕がいちいち手を出さないと何にも出来ないの?育ちが感じられるよね」
ごめんなさい、と謝っていた環だったが、反論することもあった。密はたいていの場合口が上手く、さらりとかわしてしまうのだが、急に態度を変えて謝ることもあった。
「ごめん……。ちょっと苛立ってたみたいだ。環は僕の大事な奥さんなのにね」
そういう時は、いつも以上に優しくなり、環のことを壊れ物のようにそっと抱きしめてくれたりもする。
(密さんのことが、よく分からない……)
環はだんだんと困惑してきた。
怒られて疲弊し、かと思うと優しくされて舞い上がる。これを繰り返すと、何だか密のことも、自分の気持ちさえもよく分からなくなってくるのであった。
***