「出来ましたよ」
会話もせずに黙々と作業を進めて、仲井の目前に今までで一番シンプルな色彩だが、デラックスなフラワーアレンジブーケを手渡す。
仲井は顰(しか)めた笑いを浮かべたが、自然とそれを飲み込んだ。
「嫁さんとは、神前式だったんだ。教会でもやりたいって言っていたんだが…。
両方やるほど、俺はあの当時金もなくてな…」
「そうですか。」
「喜んでくれるかねぇ…」
「はい。きっと!」
人に花を贈るとき、人は色んな願いを込める。
ブリザードではない生花は必ず枯れてしまうからこそ、その瞬間にしか抱けない気持ちを添えて送る。
残らないからこそ、伝わる瞬間があるのだ。
「少しだけ、気付くのが遅かっただけです。
奥様はそんな仲井さんの事を、受け止めてくれていたと思います。いや…思いたいです。」
この世に言い切れることは、何一つない。
ただ、そう願う気持ちしかない。
それを忠実にカタチにすることは出来ない。
それでも、人はそのカタチに答えを求めたがる。
得られない、永遠という不確かな願いを…求めたがる。
「有難うなぁ。佐伯さん。あんたに…いつか作って貰いたいと、思っていたんだよ。」
「なぜ僕に?」
「あんたなら、嫁さんが何を思っていたのか…俺よりも解ってくれる気がしたんだ。
身勝手な理由ですまないな。」
仲井はそう告げると、重い腰を上げて一万円札を差し出して「釣りはいらない」とブーケを抱き上げた。
今まで何回もこの店に通ってくれた常連だし、今回のアレンジメントはそんなに高額ではなかったので、佐伯がレジに向かおうとする。
そこで仲井はその手を阻止するように、言葉を投げかけてきた。
「今日来た用事は、本当はこれじゃなかった。
もうすぐ…彼女が出所する予定だってことを、伝えたかったんだよ。
佐伯さん。あんたはどうするんだい?
まぁ、こんな花束を作れるあんたに、俺の方は不安も、もうありゃしないけど…なぁ…。」
仲井はそう告げると、勝手に店を出て行った。
外は町が賑わう、夕飯時に差し掛かっている。
喧騒が店内にも流れ込んでくる。
大きな爆弾を投げ落とした年配のジャーナリストは、外界に飲み込まれて姿を消した。
『愛』を象徴する花は多い。
そこに『永遠』という意味を添える『バラ』や『チューリップ』などは、一般的だし人気の花である。
そんな主役を飾る花を引き立てるように、しかし必ず用いるのが、『カスミソウ』だ。
―清らかで無垢な愛―
純白の小さな花が、真っ赤に染まったあの日の事は忘れたことがない。
汚したのは…俺。
―無邪気な心―
弄んだのは…俺。
それでも、この地を離れずにいる事を選んだのも俺。
いつの日か、そんなに遠い未来ではなく、こんな日が来ると解っていた。
まだ、二年?
もう、二年!
この地に根を張る事を決めた、確固たる決意が既に揺らぎそうだった。
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ある日、フラワーショップ「ラナンキュラス」の店内に一本の電話が鳴り響いた。しかし、それは常識外れな注文であった。