「アユミちゃんって」
「ダメだった?」
「だめじゃないけど、ずるいです」
アユミが軽く上目遣いで睨むと、丁度最初の料理が運ばれてきた。
運ばれてきたのは、フォアグラの茶わん蒸し。テーブルに置かれた時から香りがよく、口に運べば、口内に贅沢な香りが広がる。
「すごい、美味しい。いつもこんな美味しいもの食べてるんですか?」
アユミが率直に尋ねると、神尾が軽く笑って首をふった。
「いつもじゃないよ。ここは近くの営業先の人とたまにランチでくるけど、夜は2回目かな」
1回目は誰と来たんですか? と聞こうとして、やめておいた。いい雰囲気を壊したくなかった。
「ランチは結構満員になるくらい」
「いいなぁ、仕事中にこんな美味しいもの食べてるなんて」
「営業先とのランチも仕事のうちだからね」
神尾の言葉にアユミも頷く。
次に運ばれてきた料理もまた絶品だった。一品の量は多すぎず、しかし物足りなさを感じさせないほどの味付けに、アユミはいちいち感動した。
「神尾さんって彼女いるんですか?」
神尾の彼女になったらデートでこんな美味しいものが食べられるのかと思うと、アユミはどことなしに羨ましさを感じてしまう。
「なに急に」
「いえ、いつもこんな素敵なデートしてるのかなって」
「素敵か? 普通にごはん食べに来てるだけじゃない?」
追加で注文したワインを飲みながら、神尾は穏やかに笑う。アユミも同じ白ワインを頼んだが、さっぱりとした味わいの中にかすかにバニラのような香りがする。
「まぁ、彼女いたらアユミちゃん誘わないよね」
彼女がいるかどうかの質問には答えてもらえないようだと諦めてワインを味わっていたところに、またも不意打ちのセリフ。
アユミはどう答えていいか迷い、困ったように笑った。
悪い気は、するわけがない。
「タイミングはかってたから、今朝偶然会えてラッキーだった。ちょっと強引だったかもしれないけど」
「……神尾さんが営業成績いいの、すごく分かる気がします」
人のくすぐったいところに、言葉を差し込むのが上手なのだ。それも、ストレートじゃなく、婉曲に伝えてくるところが、もどかしく、更に深くへ誘い込まれそうになる。
「今日断られてたら、結構凹んでたかも」
「そんなこと言って、じゃあ、私が神尾さんを下の名前で呼んでもいいんですか?」
「うん、もちろん。いいよ、呼んでみて」
「……ショウヘイさん?」
アユミがおずおずと呼ぶと、神尾が噴き出した。
「やっぱりアユミちゃんは神尾さん呼びにしとこ」
「なんでですか」
アユミが笑って怒ると、神尾が「だって」と言う。
「そんなおずおず呼ばれたら、呼ばれるたびかわいいって思うから困るよ」
「また、そんなずるいこと言う!」
お互いの好意がほんのりと伝わりあうこの感覚。恋愛において一番楽しい時期かもしれない、とアユミは思う。
何より、デートでこういう落ち着いた店に連れてきてくれる神尾のセンスは、癖になりそうだ。
「いや、ほんとアユミちゃんは社内の中で一番かわいいよね」
3杯目の赤ワインがあとわずかになり、お酒が進んだのか神尾がますますアユミを褒め始める。
アユミもほんのりと酔い始めて、まるでふわふわと夢心地のような気持ちだ。
社内でも一番のイケメン。仕事も出来て、人当たりもいい。口には出さないが、女性社員はみんな神尾に一目置いていて、悪く言われているのを聞いたことがない。どころか、神尾と話すときは、みんなワントーンくらい声が高くなるのを、アユミは知っている。
そんな神尾が今アユミに面と向かって「かわいい」と褒めている。
「この顔、タイプですか?」
誘惑するような顔で神尾に聞けば、神尾が目じりを下げて「めちゃくちゃタイプ」と言った。
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レストランを出て古酒バーへ足を運んだ二人。この後の展開を期待するアユミだったが…