地下鉄栄駅から徒歩10分の大通り沿いにある、加奈恵が働いている肉料理が自慢のレストラン。
そこでいつものように働いていると、聞き覚えのある声がした。
窓の外を見ると、何と仕事帰りの裕司が店長に文句を言っている。
「あいつのお腹には子どもがいるんですよ? 立ち仕事をさせるなんて、配慮に欠けていると思いませんか?」
「はあ、すみません……」
裕司はねちねちと、老齢の店長に頭を下げさせながら文句をぶつけている。
加奈恵はあまりのことに驚いて、トレイをキッチンに下げると慌てて飛んで行った。
「ちょっと、裕司! 何してるの!」
「加奈恵。お前からも言ってやってくれよ。無理をさせられてるんだろ? こんなの、体にさわるよな?」
「そんなこと、まったく」
「昨日言ってたよな。ちょっと体が重くなってきた気がするって。そんな状態でとても働けないだろ?」
「それは・・・」
確かに、家でそう言ったけど……。
そんなつもりは全くなかった加奈恵にとって、裕司の行動はとんでもないものだった。
「とにかく、やめてよ! 私は良いから……」
「ごめんね、加奈恵ちゃん。まさかそんなにつらいとは知らずに……」
「て、店長、やめてください」
店長は眉を下げていた。裕司の嫌味にすっかり参っているようだ。
「加奈恵、着替えて降りて来いよ。今日はもう帰るぞ。あと、ここの制服、お前に似合わないから」
裕司はそれだけ吐き捨てるように言うと、加奈恵を強引に連れて帰ろうとする。加奈恵は店長をちらりと見た。……こんなんじゃ、迷惑が掛かってしまう。
「うん。……ごめんなさい……」
そして加奈恵は、どちらに向けたものか分からない謝罪をひとつ述べると、店長に深々と頭を下げた。
***
結果として、加奈恵はその日を境に仕事を辞めることにした。
裕司があの時店まで行って文句を言ったのは、加奈恵に恥をかかせて彼女が自発的に辞めるように仕向けた――ということに気付いた時には、既に遅かった。
早くも、明るいはずの結婚生活は前途多難なものになった。
(こんなのじゃ……。生まれてくる子どものことも心配だわ)
そして、その加奈恵の考えは的中することになる……。
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無事に子供が生まれるも裕司の傲慢さは増すばかり。我慢ばかりしていた加奈恵はついに…