「ハチドリのひとしずく」を、ひたすらに
前編はこちら▶“未完”の美。「サロン イナシュヴェ」 <前編>
運ばれてきたのは、軽い口当たりと濃厚な海の風味が楽しめる一皿だ。純白のプレートに絶妙な配置で盛られている、この状態をまずはじっくり楽しむとする。
サクッとしたパイ生地の上には、ウニのキッシュ。そしてシェーブルチーズと呼ばれる、ヤギの乳で作られたチーズがたっぷりと入っている。さらにその上には、ズワイガニのペースト。仕上げにはシェフ自身が仕込んだウニのカラスミをまぶしてあり、これが一気に魚介の風味を際立たせている。
フォークをワンスクープしただけで、一度に複数の異なる味が口の中を駆け巡る——それがなんとも愉快だ。個性的なチーズの味を、丁寧に仕込まれたカニやウニが、上手に包み込んでいる。そっと添えられたムースには国産のレモンを使用しているそうで、気持ちが若返るような、フレッシュな気持ちにさせてくれる。
「プロヴァンスの伝統的な料理に、私らしいアレンジを少し加えています」と酒井氏。これならば、クラシックなフレンチを好む客も、新たな料理への探究を好む客も、満足いくことだろう。
素人目からすると、どこにも“未完”はないように思える。
ここであえて、店名に込めた意味を尋ねてみた。
「エクアドルの童話に『ハチドリのひとしずく』というお話があります。山火事を消すために立ち向かい、一滴一滴しずくを落としていくという、小さなハチドリの無謀とも思える行動のお話なのですが、そのハチドリの姿に感銘を受けたんです。
自分が今出来ることを精一杯やり続ける姿勢。周りになんと言われようとも、自分の道を追求して諦めない姿勢。自分も“完成”を求め、進化し続けたいという思いを込めて、この店をオープンするときに“未完”と名乗り、ハチドリをモチーフにしたロゴを掲げました」
彼の“完成”がどこにあるのか、いつになるのか。それは彼にもわからないことかもしれない。ただひとつだけ言えるのは、目の前の美しき主題に真摯に向き合い、常に挑戦者であるという気持ちが、彼を駆り立てているということだ。
そしてその姿勢こそが、美しいのだ。
料理人であり、プロデューサーであり、講師であり、プランナーであり、そして“ハチドリ”でもある、酒井氏。そんな彼の料理のこれからに、美食家たちは魅了されていくのだろう。
身も心も満たされ、店を後にしながら考えた。
果たしてロダンは、不幸だったのだろうか?
自身の作品が未完のうちに生涯を終えようとしていることを、悔やんでいたのだろうか?
今となっては自分なりの解釈をするしかないのだが、答えはきっと——“Non”だ。
店舗情報
店名 | salon inacheve(サロン イナシュヴェ) |
---|---|
営業時間 |
17:00~翌2:00
※お時間はその日によって変動いたします。 詳しくは店舗までお問い合わせください。 |
定休日 |
不定休日あり |
電話番号 |
050-5493-1045 |
住所 | 〒461-0001 名古屋市東区泉2丁目1-28 ヴィアーレ・ストリア 2F 鹿の角 |
座席数 |
12席 |
クレジットカード |
JCB |
アクセス |
地下鉄桜通線 高岳駅 徒歩6分地下鉄桜通線 久屋大通駅 徒歩12分 |
URL |
https://salon-inacheve.com/ |
新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
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