NOVEL

踏み台の女 vol.2 ~気になる人から突然の誘い~

 

 

 神尾の端正な顔がまっすぐに自分に向く。

「イヤじゃなければ」と付け加えられた一言で、アユミは即答した。

 「イヤじゃないですよ、行きたいです、二人で」

  

 2年働いているが、神尾から「二人で」と誘われたのは、これが初めてだった。

 (デート相手がほしくなったとか?)

(本当に飲みたかっただけで、たまたま今日一番に会ったのが私だったから声かけたとか?)

 

 会社のコーヒーメーカーの掃除は業者が定期的にしてくれるのだが、毎日使っているとどうしても汚れてしまう。そのため、比較的利用の多い昼休憩の後に掃除をしたり、豆の補充をするのがアユミの業務の一つになっている。

 今日も台に飛んだ小さなコーヒーのシミを拭きながら、アユミは神尾から突然誘われた理由を考えている。

 (でも、神尾さんが会社の女の人を誘ったとか、デートしてるなんて話は今まで聞いたことないし)

 

 

 

 

 

 

なんにせよ、今日はいつもより気合いを入れて支度をしたかいがあった。

今日のアユミのメイク、髪型、服装はどこから見てもパーフェクト。現に朝出社をすると、同じチームの牧野さんという女性が「今日も女度高いね」と褒めてくれた。

 

彼女はアユミよりも15歳年上の44歳で、個性的な感性の持ち主だ。中性的な髪型をシルバーに染めている。元々アパレル業界出身で、 営業として転職してきたらしい。前職の影響からか身に着けるものは全てハイブランドと決めていると言っていた。

 今日日はトムフォードの花柄のジャケットに、白のタックパンツを合わせ、靴はおそらくフェラガモだ。

 営業マンとしてこの服装はどうかと思うが、彼女の担当業界は経験を生かした美容やアパレル関係が多いので、むしろこの個性が功を奏しているらしい。それに、プレゼンなどの大事な時には、これまた仕立てのいい上質なスーツをセンスよく着こなし、普段とのギャップで周囲の心を掴んでしまう。

 ベンチャー企業というのは、中で働く人間に実力さえあれば基本的にどんな仕事の仕方でも認められているというのも、アユミにとっては驚きの一つである。

創立以来、社員の年収は毎年うなぎのぼりだと聞くし、営業の場合はインセンティブもある。おそらく月収は30代でも大企業の管理職と同じくらいをもらっているのではないかと思う。

その分厳しい世界で、根っからの仕事好き人間でないと務まらないため、入っては去っていく人間も何人も見ている。

そう考えれば、この環境で営業成績を上げ続けている神尾も、かなりの強靭な心の強さとスキルを持っているのだ。

 

 アユミが今まで付き合ってきた安定した大企業のサラリーマンとはわけが違う。

 何人かの元カレの顔を思い出しながら、神尾から誘われたことについて自尊心がくすぐられている自分を発見した。

 

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