NOVEL

踏み台の女 vol.7 ~不安な翌日~

 

「あ、いいの。いつもご馳走してもらってるし、今日もあんな素敵なお店連れてきてもらったから、何かお礼したくて、タイミング見計らってたの」

 

女と言うのは現金なもので、食事も嬉しいのだが、やっぱり手元に残るモノが欲しい。がっかりした顔を見せないように、アユミは笑顔を取り繕った。だがしかし、考えてみれば、アユミとのデートでこの一か月弱、神尾が負担してくれている金額は、このボッテガのベルトなんかよりずっと高い。

 

「本当に、これくらいしか思いつかなかったんだけど」

「いや、でもこれ高いんじゃない? 悪いし受け取れないよ」

 

遠慮する神尾に、アユミは「買っちゃってるんだから、受け取って」と無理やり突き出した。ややつっけんどん過ぎたかもしれない。神尾は何か思案気に「本当にいいの?」と確認してから、「ありがとう」と受け取った。

そして、アユミの肩をおもむろに抱き寄せ、素早くキスをした。

 

「びっくりした。なに、今の」

 

一瞬の沈黙。唇が離れる瞬間目が合い、さっきまでの残念な気持ちがウソみたいに晴れていき、アユミは甘えたように軽く神尾を睨んだ。

 

「んー……、お礼?」

「誕生日プレゼントでなく?」

 

畳み掛けると、さすがに神尾は吹き出した。

 

「誕生日プレゼントがこれって、それ、おれどんだけナルシスト発言だよ」

「あれ、違うの?」

「まぁ、アユミちゃんがそれでいいなら、そういうことにしといてもいいよ」

 

アユミの肩から手が離れた。手のぬくもりが離れた分だけ、冬の寒さが一層アユミの肩をさすようだ。

 

「ねぇ、くっついてもいい?」

 

たまらずアユミが神尾に問う。

期待したような告白はなかったが、キスをした。この年齢になれば、わざわざ言葉で確認し合うものでもないのかもしれない。

 

「もう次の店着くよ」

「え、待って」

 

アユミのオファーが聞こえなかったのか、神尾が足早に前を歩いていくので、アユミは靴擦れで痛む足を無視して、小走りについていく他なかった。