NOVEL

引きこもり女の裏側 vol.10 ~彼への想い~

ドキドキしすぎて、手が震えてしまう。

返信を開くのがこわい。緊張で息苦しいながら、ええいとメールをタップする。

彼からの返信は一言だった。

 

〝この間の実行してくれるならいいですよ。″

 

これを、どう捉えるべきか。

返信がきたことをまず喜ぶべきで、さらに彼に会えるというのは願ってもない奇跡だろう。うれしいことのはずなのに、この返信を見て、幸枝の気持ちはうれしさだけではなかった。

 

一瞬喜びかけたが、何か心に引っかかる。

―ああ、やっぱり、あの時間は幻だったんだ。

 

思えば、求められること、大切にされているという実感をもつのが好きだった。いやなことはいやだと言えて、それを受け入れてもらえて、逆に受け入れることで日々を重ねていく。

恋人とは、公平との関係は、そういう毎日だった。

 

今彼に抱いている感情は、失望?

条件を満たさなければ会えない。会ってもらえない。

恋人ではないのだから、幸枝に向けられた彼の返答は理解できる。むしろそれが多方の遊び目的の男性ではないだろうか。

 

―もう、いいかな。

だが、幸枝はなんだか疲れてしまった。

少しのことで、自分の感情が動いてしまうことに。

彼との対等ではない関係に。

彼に期待してしまうことに。

 

そう思うと吹っ切れてしまったようで、彼には未練もなく〝さよなら″と言えた。

また新たな気分で、新しい男を探せる。そう思うと、ワクワクしてきた。

 

―次はどんな人と会えるかな。

 

携帯を操作して、マッチングアプリで男性を検索する幸枝であった。

 

 

いつしか、Kajiwaraへ向かう足も遠のいていた。

 

―久しぶりに覗いてみようかな。

 

仕事終わりに癒されに通った日が懐かしい。そういえば、公平に初めて会ったのもあそこだったっけ。歩みを進める。

耳元には、傘に当たる雨のボツッボツッという低い音が響く。車のクラクションがやけにうるさく聞こえる。

 

―早く着いてしまおう。

 

店に入れば雨宿りもできる。

先ほどから体中が震えるような周りの喧騒からも、逃れられる。

ばちゃばちゃと水溜りの跳ね返る水もそっちのけで進む。

 

―あれ?

 

よく通ったはずの店には〝CLOSE″の文字。

今日は定休日ではないはずなのに。

嫌な予感が胸をざわつかせる。

心に点っていたほのかな明かりが、すーっと消えた気がした。

 

 

END

 

 

前回の話▶引きこもり女の裏側 vol.9 ~彼との出会い~

はじめから読む▶引きこもり女の裏側 vol.1 ~心のざわつき~