NOVEL

noblesse oblige vol.8~必然の再会~

「沙耶香さん、どうなさったの?これ」

沙耶香のブラウスに飛び散ったワインを指差して瑞穂が尋ねる。

「・・ちょっと手が滑ってしまったの」

沙耶香の手元にはシャンパングラス。

言い訳としてちょっと苦しいけれど瑞穂は何も言わなかった。

 

その代わりに沙耶香の瞳を覗き込みながら手を引く。

「お誘いしたいところがあるの。良いかしら?」

この場を立ち去りたいと思っていた沙耶香には願ってもない。

「ええ、大丈夫」

 

「この方たち、お知り合い?」

瑞穂が周囲を見渡して聞く。

ぐるりと視線を送る。

美佐恵が立ちすくんでいるのが見えた。

もう、どうでもよかった。

 

「いいえ」

きっぱり答えた沙耶香の肩を抱いて瑞穂が声を掛ける。

「そ、じゃあ行きましょうか」

 

部屋を抜ける前、もう一度瑞穂は振り向いた。

美佐恵がビクッと身体を強張らせる。

瑞穂は窓際の楽士に声を掛けた。

「カノンをお願い。みなさま、ごきげんよう」

軽く会釈して扉へ向かう。

 

後ろ姿を見送るようにヴァイオリンとチェロの音色が流れ出す。

パッヘルベルのカノンの調べが空気を変えていく。

 

瑞穂と沙耶香はエレベーターに乗り込んだ。

 

先に沙耶香が問いかける。

「瑞穂さんはどうしてここへ?」

「ちょうど近くにいたの。あなたが来る気がしたから寄ってみたのよ」

出身校が同じ美佐恵からパーティーの案内がいつも届くのだという。

「これまで一度も来たことないの」と瑞穂は肩をすくめて微笑んだ。