NOVEL

「Lady, Bloody Mary」~女の嫉妬~ vol.5

 

 

 

 

 

一方、デスクでスピーチの最終確認を終えたリノはひとり、とある喫茶店にやって

きていた。それは会社から少し離れた歴史のある場所であった。

からんと扉を開くと鈴が鳴る。むっとする煙草の香りが目にしみる。リノは不満げ

な表情を隠せなかった。

すると遠くで、既に真っ白な紫煙が上がる男性が煙草を挟んだ手を軽くあげた。

「待ち合わせ」

とやってきた店員に一言告げると、髪を掻き上げながら研究開発部の海老原のもと

へ向かい、深紅のソファに腰掛けた。

「やあ、遅かったね」

海老原はなにやら既に汗をかいている、緊張しているのだろうか。

「明日のプレゼンの原稿書いてたの」

リノはコーヒーとだけ、店員に告げると無表情で海老原を見つめた。

「ねぇ、部長」

「なんだい?リノくん」

「例の件、ちゃんと裏からリーダーに告げてくれたんでしょうね」

するとヨレたグレーの背広の右ポケットから、くしゃくしゃになった昼食べたのか

牛丼屋のレシートとハンカチが出てきた。

「ちゃんと片付けてよね」

とリノが苛々した声で、海老原に告げた。

わかっているよと言いつつ、汗を拭う。

コーヒーが届き、リノは粉砂糖を2杯ほど凄まじい速さで入れると口に流しこむ。

「ちゃんと言ったよ、君の選出を少しでも上げてくれって。リノくんはいつだって

研究開発部のエースだからね、君の実績は我が部の自慢になる」

「ふふふ、さすがは先輩ね、私のこと分かってらっしゃる」

塗り直した真っ赤なルージュで微笑みながら、海老原を見つめるとそっと長いネイル

をすっかりメタボになってしまった海老原の左手の上に重ねた。

「ちゃーんとお礼もしないと、ね。部長、ご褒美欲しいでしょ?」

「ほっ!欲しい!そうでないと!俺がここまで粉骨砕いた意味がない!」

思わずその言葉に目を輝かせ答える海老原、時刻は午後6時半。

声がでかいわよ、とそっと海老原の唇に人差し指が差し出される。

「じゃ、出よっか、とりあえずご飯食べに行こう」

「おう、鉄板焼きでも行こうか」

それを気持ち悪げに見つめる若い女性店員、レジを済ませると海老原は浮き足

立ってリノを連れ添い店を出ていった。

鈴の音が鳴る。すっかり暗闇の中で、海老原はそっとリノの手をぎゅっと握る。

リノにとって海老原は元愛人であり、今では家庭を持つ彼の弱みを握る唯一の女性

社員だった。それは海老原かリノが退職するまできっと続くだろう。

二人は高級シティホテルに恥ずかしげもなく入っていった。

澄んだ寒い空には冬の大三角形が、ネオンに眩い栄の空を密かに光らせている。

 

 

「そこのおねーさん」

仕事の接待で遅くなった夜更け、タクシーを捕まえようと栄の繁華街を歩いていると

聖奈は帰り道、とある男性に声を掛けられていた。

ブリーチした髪をアッシュグレーにし、両方の耳にはシルバーのリングピアスを

つけている。服装はカジュアルで細めのネックレスをつけている。

(うわ、ホストかスカウト?無視無視)

聖奈は嫌な顔をして、笑顔で交わそうとした。しかしいいカモと思ったらしく

男性もしつこい、すると

「ちょっとやめなよ、嫌がっているだろ?」

と思わず間に入ってきた小柄な男性。ふっと香る匂いは大好きなSHIROのコロン

だった。

「なんだ、てめぇ」

「あ、僕、この辺りでボーイズバーしてますアオです、良かったらお兄さんも

飲みにきてね」

と投げキッスをすると、男はひるむ。

その瞬間、アオは聖奈の手を掴むと栄の路地裏を駆け出した。何もわからないが

聖奈はその甘い香りにつられるように手を振り解けなかった。

 

 

 

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 謎の男アオと聖奈が出会い、そしてまさかの光景を紗夜は目撃してしまう…